図書室の住人

46.ガールズトーク

「ええええ!?」
 元々騒がしい店内だったが、その声は控えめに言っても目立っていた。
 ガタッと大きな音を立てながらおもむろに立ち上がったアイちゃんは、完全に近辺に座っている他のお客さんから注目を浴びていたし、ミナちゃんはそこまでのリアクションでないにしても、珍しく大きな声を出していた。
「ちょ、ちょっと!」
 さすがにこの反応には驚いたのだろう。ヤマちゃんまでもが動揺し、うちのテーブルは異様な雰囲気を醸し出していた。
 わたしはというと、事前に知っていたため、ひとり冷静にドリンクを飲んでいる。

「へぇ~よかったじゃーん!」
 二人はゆっくりと座りながら、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「でも何かあったの? 私たちが見てる限りだと、特に変わりなく見えたけど」
「確かにっ!」
 冷静に分析し始めるミナちゃんは、不思議そうにヤマちゃんを見つめる。
 いつも傍にいた二人だからこそ、この展開には余計に驚いたのかもしれない。何せ、元凶は別にあるのだから。
「そうね」
 ヤマちゃんは静かにそれだけを口にする。
 それから意味深な笑みを浮かべ、視線をわたしに向けた。

「和泉と梨乃にはめられたのよ」
「ええええ!?」

 次はその叫びにわたしも加わった。
 アイちゃんは懲りずに立ち上がって驚いていたし、ミナちゃんはヤマちゃんとわたしを交互に見比べながら、挙動不審になっている。わたしはと言うと、心外な言い方に驚いていた。いや、間違ってはいない……んだけど。
 そんなわたしたちなど気にする様子もなく、ヤマちゃんは話を続けた。
「夏休み前にクラスで遊んだ日の夜にさ、梨乃から会えないかってメールが着たの。それで約束の場所に行ったら、その……和泉がいて」
「ひょおおおおお! んんっ」
 アイちゃんの奇声が響き渡り、隣に座っていたミナちゃんがすかさずその口を塞ぐ。
「つ、続けて!」
 二人の興奮した様子にヤマちゃんは若干引きつっていたが、ここまで話したら最後まで話す、という決意を込めた瞳で続きを話してくれた。その部分はわたしも初耳なので、ドキドキしながら耳を傾ける。
「……その……前に喧嘩したこと、謝られて。それから……私も謝って……そしたら、その……告白されて」
「キャー!」
「ぷはっ! マジか!」
 アイちゃんの口を塞いでいた手はミナちゃん自身の頬に添えられ、気付けば恥ずかしさのあまりこちら側まで顔が真っ赤に染まっていた。

「お待たせいたしましたー」
 そして、絶妙なタイミングで店員が料理を運んできた。
 アイちゃんのオムライス、ミナちゃんの冷やし野菜うどんがテーブルに置かれ、その後すぐにヤマちゃんのおろしハンバーグセットとわたしのミートドリアも到着する。
「いただきまーす」
 元気よく手を合わせて食べ始めるアイちゃんに倣って、わたしたちも食べ始めた。
 そういえばこないだ来た時も、同じものを頼んだっけ。一口食べてから思い出して、少しだけ鼓動が速くなった気がした。


「いやー……ヤマちゃんの決着がついてよかったね! 長かった!」
「和泉くんのこと見直しちゃった~。見てるこっちまでハラハラしてたもんね」
 食べながらになるため、先程までの興奮に比べればまだ落ち着きながら会話をする。
 でも、無事に結ばれてよかった。事前に結果を知っていたとしても、話し終えた後もどこか幸せそうなヤマちゃんを見ていると、よかったなぁって嬉しく思う。
「梨乃ちゃんもナイスだよっ」
 目の前に座っているミナちゃんがにっこりとわたしにピースサインを向けてきた。
「うんうん! 梨乃っちもなかなかの策士ですなぁ」
「策士なんてそんな……」
 矛先がこちらにまでやってきて、何だか少し照れくさくなった。
 わたしがしたことなんて、ケータイを貸したくらいだし。実際に行動したのは二人であり、大したことなんてしていない。
「でも、梨乃のおかげだよ。ありがと」
 ついには当事者にまで言われ、恥ずかしさのあまり下を向いてしまった。
 熱々のミートドリアを慌てて口に入れてしまい、笑いを提供してしまう事態を引き起こした件については……早めに忘れたいところである。


「アイとミナの話、梨乃にしてあげたら?」
 ハンバーグを切り分けていたヤマちゃんが、話を変えようとそう提案した。
 わたしはぽかんとし、目の前に座っている二人も同じような顔をしている。
「ほら、修羅場ってたじゃん」
「あー」
「あれのこと?」
「ん?」
 それぞれ何かしらの反応を見せながらも、わたしは変わらずクエスチョンマークを浮かべるにとどまる。
「そだね! 友になった証として話そうではないか!」
 そうして、アイちゃんとミナちゃんの話を聞かせてもらうことになった。

+++

 中学二年生の時、まだ三人は三人でなかったらしい。
 ミナちゃんとヤマちゃんは仲が良く、アイちゃんはその年初めて同じクラスになったそうだ。しかし同じクラスになってからも特に接点はなく、友達ではなかった。
 それでも仲良くなったのは、ひとつの修羅場を共に潜り抜けたから、らしい。

「南さん! 私は相川! 南さんって伊藤のこと好きなんだよねっ」

 たまたま教室でひとりだったところに、アイちゃんが突撃したのが始まりだった。
 そう……二人は同じ人に片思いをしていたのだ。
「え、ええっ」
 おっとりしているミナちゃんと元気なアイちゃん。
 無意識のうちにぐいぐいと言い寄るアイちゃんに、ミナちゃんは最初怯えていたとのことだった。
「私もね、伊藤が好きなの! ライバルだ!」
 しかし、諦めろとか嫌がらせをするようなことはなかった。代わりにお互い好きなところを言い合い、共感し、気付けば戦友のようになっていたという。
 そこにヤマちゃんが加わり、あっという間に友達になるという、不思議だけどすごい話だった。

+++

「結局告白したんだけど、二人ともフラれたよね」
「そうそうー。こんなかわいい女子二人に告られたのにさー。伊藤も勿体ないことしたよねー」
 もぐもぐと自分のご飯を食べながら、二人の過去と三人の繋がりを知り、わたしはただただ驚いていた。
 まず、こないだのクラス会を仕切っていた伊藤くんが絡んでいたことから驚く。
「どの辺が好きだったの?」
 なんとなく質問してみると、二人はちょっぴり苦笑しながらぽつぽつと話し始めた。その表情が照れているものだと気付いたのは、もう少し後の話である。
「伊藤って、言うほどイケメンではないんだけど、ほら……時々ない? なんか好みな顔とかさぁ」
 そう言われて心当たりを探してみるが、今のところ思い当たることがない。
 だけど答えを待たずに話は続いていく。
「どっちかっていうと伊藤くんは中身かなぁ。行動力あるし、頼りになるし優しいし」
「体育祭とかカッコよかったよね! アイツ結構運動神経よくってさぁ。リレーのアンカーでぴゅーっと二人くらい抜いて逆転一位になったり!」
「そうそう! ほんとはもっといろんな女の子からも告白されてたよね」
「確かに~。でも本人があんましそういう素振り見せないから、忘れちゃうんだよねぇ」
「で、時々抜けてるとこが可愛いのっ」
「分かる! 間違えて妹の可愛いお弁当持ってきちゃったり!」
「掃除当番変わったのにまだ掃除してた時もあったよねー」
「ストップ。もうおなかいっぱいだから」
 まさか二人がここまで話してくれるとは思っていなかった。
 わたしは盛り上がる二人の話をどこか羨ましく思いながら、ヤマちゃんが止めに入るまで黙って見守っていた。
「そう?」
「まだあるよ?」
 きょとんとする二人に、ヤマちゃんが大きく溜息をつく。
「あんたたち、まだ伊藤のこと好きなの?」
 呆れた声で問われた内容に、二人は首を傾げた。
「うーん……好きではあるけどねぇ」
「なんというか、恋ではないよね」
「一緒にいるのは楽しいけど、多分特別にはなれない気がする」
「うーん……複雑ではっきりしないよね。でも付き合いたいって感情はなくなったかも」
「アイドル追っかけてるみたいな?」
「あ、それに近いかも」
 二人はフラれてしまい、きっと泣いたりもしただろう。
 でも今こうして友達として一緒にいて、過去に恋した相手について語らうことができるというのは、何だかすごいことのように思える。
 そういえば、クラス会の時も二人は積極的に伊藤くんと喋っていたっけ。
「はーい。私たちはこんな感じでーす。次、梨乃っちね!」
 ぼんやりしているうちにアイちゃんは話をしめ、今度はわたしに話題が振られてしまった。
「えっ」
「私も聞きたいなー」
 気づくと食べ終わったミナちゃんまで乗っかってきて、キラキラの瞳をわたしに向ける。
「ちょっと、梨乃困ってるよ」
 無理して話さなくてもいいから、とこっそりヤマちゃんが心配そうに話しかけてくれた。
 二人は少しだけ不満げだったが、「うん。話したくないこともあるよね」「えー……まあ嫌な想いさせちゃうなら無理には聞かないけどさ」と、戸惑っているうちに諦めの空気が漂っていた。
 わたしは少しだけうーんと考え、今までのことを思いだす。
「うん、話す」
 それからわたしもみんなと同じように話すことに決めた。
 せっかくこうして仲良くなれたのだ。話すことで距離を縮められるかもしれないし、素直に知ってほしいと思う。
 どんな風に話そうか考えながらも、まだ決着のついていない現在進行形の話を三人に聞かせた。


「こ、これは……ごくり」
「なんだか私までドキドキしちゃった~」
「告白したんだ」
 三者三様の反応に、ひとまず拒否が含まれていないことにホッとする。わたしもなんとなく頭の中が整理できて、少しだけすっきりした。
「でも、もう時間の問題だよね」
 冷静にヤマちゃんが分析し、二人はうんうんと頷く。
「その後輩の子は何で焦らしてるんだろうね」
「焦らしプレイで梨乃っちがそわそわしてるのを見て楽しんでいるのではっ!! 鬼畜!!」
「やめなさい」
「冗談だってー」
 笑い合いながら全員が完食し、わたしはドリンクを飲み干す。
 三人の疑問はわたしも感じていたことで、今もその答えは分からない。しかも、『期待して待っててください』なんて。
「飲み物とって来るね」
「ほーい」
 空のグラスを手にドリンクバーでおかわりを注ぎながら、ぼんやりと榊くんの顔を浮かべる。夏休みの終わりになれば、その答えは分かるんだ。そうしたら、絶対的に何かが変わる。まだそれははっきりしていないけれど……そんな予感がわたしの中に過ぎった。

 それにしても、世間で言うガールズトークというか、コイバナをしてしまった。
 今でも信じられないその現実に、わたしは今になって今日一番のドキドキを味わうことになってしまう。

 でも、また一歩三人に近づけたことは、大きな収穫に違いなかった。

***

 ファミレスで長々と話し込み、近くの雑貨屋やゲーセンを巡って今日は解散となった。
 どんな人といても、楽しい時間はあっという間で名残惜しい。
「次は宿題一緒にやろーよー」
「アイは写したいだけでしょ?」
「夏休みのイベントと言ってよ~」
 別れ際もこんな風にうだうだと会話をつづけ、一向に帰ろうとはしなかった。

 とはいえ、時間には限りがある。
 ミナちゃんは夜に家族や親戚の人たちと外食をする予定があり、帰らなくてはいけなかった。
「じゃあ、またね。今日はありがとう!」
「まったね~」
 時計を気にしていたミナちゃんが勇気を出して別れを切り出し、それに乗っかる形でそれぞれ帰路を歩き出す。
 後ろを振り返ると、アイちゃんと目が合って何度も手を振り、それを見えなくなるまで繰り返した。

 その直後、携帯にメールが届く。
 送り主はヤマちゃんで、わたしは不思議に思いながらメールを開いた。

『まだ時間ある? もし大丈夫なら、梨乃の家の隣にある公園まで来てくれるかな』

 開いた後も不思議な気持ちは抜けない。
 ヤマちゃんはどうしてわたしの家の隣に公園があることを知っているのだろう。そもそも、さっき解散したばかりなのだから、もう少し近場で会えるはずだ。
 何となくヤマちゃんらしくない気がして返信に迷ったけれど、
『わかった!』
 わたしはシンプルにそれだけ返信して、急ぎ足で公園へと向かった。
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