四人で一組となって始めたボーリングは、意外にもミナちゃんがストライクを連発し、ダントツで一位を決めていた。
おっとりしているので運動が苦手そうな印象だったが、結構運動が得意らしい。
「てか、ボーリングって運動なの?」
「ボーリングって、ダイエットにいいらしいよ~」
「よっしゃー! もう一ゲームやろっ!」
「……もう帰る時間でしょ」
「そうだよ。みんな向こうに集まってきてるし」
「えーっ。も~~~ミナちゃん先に言ってよ~」
「ごめん……聞かれなかったから」
「梨乃っちも今ならミナちゃんに文句言っていいからねっ」
三人の会話のテンポが好きだなぁとしみじみ思っていると、ついつい無言で聞き入ってしまう。
話を振られてようやく反応すると、三人はわたしを囲んで楽しげに笑った。
本当はもっと会話に入ればいいんだと思う。でも、考えてみればまだわたしたちの始まりは半日だ。
まだまだこれから慣れていけると思えば、焦る気持ちも消えていく。
そうやって自身を最大級に甘やかしながら、わたしも同じように笑った。
ボーリング場から外へ出ると、空は少しずつ暗くなっているようだった。
「今日はみんなお疲れさーん! とりあえずここで解散だけど、この後晩飯行くヤツは残ってくれよな~。んじゃ! また遊ぼうぜー!」
始まりと同じように明るく締めの言葉を紡ぐ伊藤くんのノリに釣られるように、みんなが伊藤くんを労う声を上げる。
「お疲れ!」「ありがとう!」「楽しかった!」
みんなにとって大切な時間になったのと同じように、わたしにとっても大切な時間になった。
今日という日がなければ、わたしはずっと立ち止まったままのわたしだった。かなり周りに助けられて辿り着いた場所だったけれど、それはそれでいいんだともう一度甘やかす。
直接声に出してありがとうを言えなくても、心の中では何度もありがとうを叫んだ。
「ねえねえ、梨乃ちゃん。携帯のメアド教えて? せっかくだから夏休みも会おうよ」
解散ムードの中、しみじみと今日の余韻に浸ろうと思っていた矢先のこと。スマホの画面を見せながら、ミナちゃんが声をかけてくれた。
「いいの?」
信じられなくて、思わず聞き返してしまう。
夏休みもまた会える。そんなこと、ミナちゃんに声をかけられるまで考えてもいなかった。
「もちのろんだよ梨乃っち! ほーれ。私にアドレスを送るのです!」
赤外線受信の画面を見せたアイちゃんに同調するように、ミナちゃんとヤマちゃんも受信画面を見せる。
「分かった」
わたしは慣れない手つきで送信画面を表示させ、三人に連絡先を送った。続いて交代で三人の連絡先を受信する。
家族と香澄先輩、榊くん……そして三人の名前。
あんなに寂しかったアドレス帳は一気ににぎやかになり、じわじわと広がる喜びを素直に受け入れた。
「じゃあ! 私とミナちゃんは伊藤たちとファミレス行くのでっ!」
一通り連絡先を交換すると、元気よくアイちゃんが手を挙げてそう言った。
「梨乃ちゃんも行く? ヤマちゃんは帰るみたいだけど」
「えっと……わたしも帰る、かな。家にご飯があるから」
ミナちゃんの誘いを断るのは心苦しかったけれど、この先の気力が持つかどうかが心配だった。他の人とはあまり話せなかったし、名残惜しいから残りたい……という気持ちもあるのだけれど。
でもそういうのはまた、これからじっくり少しずつやっていけばいい。そう言い聞かせて、家へ連絡する選択肢は避けた。
「そっかー。じゃあ気をつけて帰ってね」
残念そうな表情を浮かべるミナちゃんは小さく手を振りながら、わたしを見送ってくれる。
「また連絡するからね! 宿題写させてね梨乃っちー!」
「アイのことは放っといて行こ、梨乃」
「あーん! ヤマちゃんのいけずー!」
賑やかなアイちゃんにも見送られながら、帰宅組であるわたしとヤマちゃんは歩き出した。
わたしたちの帰る方向は完全に逆なので、並んで歩く時間はかなり短い。そう言っているうちに、分かれ道が見えてくる。それはあの日……一緒に古本屋へ行った日、わたしと先輩、榊くんが二手に分かれたあの道だ。
「今日、どうだった? 大丈夫だった?」
そんな短い時間の、ヤマちゃんが少し心配そうに……だけど全然心配していない声色で尋ねる。
「うん……。みんなのおかげで楽しかった。わたし、もっと早くこうしていられたらよかったなぁ……」
もっと考えて話す言葉を決めようと思っていたのに、素直な気持ちがぽろぽろ零れて止まらない。
しかし、それ以外に考えられないのが現実だった。
もう少し周りとの関わりに興味を持てたら、気を配れたら……。こんな日々が毎日味わえたのだろうか。
「これからいくらでも楽しいこと待ってる。と思う」
ぐるぐると考えているうちに、ぽつりとヤマちゃんはそう言った。それは前に香澄先輩に言われた言葉のようで、胸の奥がじんわりと温まっていく気がする。
「うん……ありがとう」
はにかみながらお礼を述べると、ヤマちゃんは控えめに微笑んだ。
「じゃあ、またね」
気づくと商店街の前まで辿り着き、分かれ道が訪れる。
「うん。またね」
手を振り合い、特に惜しむことなくヤマちゃんは学校方面へと歩き出した。
家が学校の近くにあるマンションらしく、おそらく榊くんと同じなんだろうな、なんてことを考えながら見送っていると、頬が少しずつ熱くなっていくのを感じる。
それから思い出すのは、香澄先輩と榊くんの三人で遊んだ帰りのこと。振り返ったら榊くんと目が合った時のことだった。
あの日、榊くんはどんな気持ちでわたしたちの背中を見送っていただろう。
楽しくて、一日の終わりが名残惜しかったのだろうか?
それとも……わたしが知らない気持ちを抱いていたのだろうか?
たくさん知りたい気持ちが溢れていく。
さっきまではクラスのことで頭がいっぱいだったはずで、こんなに熱く高ぶる気持ちに翻弄されることもなかったのに……。
突然燃え上がる炎のように、忘れかけていた気持ちを引きずり出されるように、忘れるなと警告するかのように、わたしの心の奥でひっそりと育まれている気持ちが主張し始める。
「……会いたいなぁ」
その無意識に呟いた言葉は、わたしの中でうようよと漂う感情を認めなければならないような気にさせる。
好きかも、錯覚かも、でも好き、いやでも……。
今日ヤマちゃんに話していた時は好きだと思っても、ボーリングをやっている時には迷いが生まれていた。
恋愛的に好きかそうでないかの区別には異様に慎重なわたしは、今も即答できるかは怪しい。
でも、その迷いが無駄だということをわたしがよく知っている。ふとした瞬間思い出すことも、思わず会いたいと口にすることも、誰にでも抱ける感覚じゃない。
意識しなかったことがどんどん大きくなって、いつしか迷いよりも好きの気持ちが大きくなって。改めて気づく度に、その想いは確固たるものになる。
「どうした?」
立ち尽くしていたわたしに、誰かが声をかけた。
「和泉くん……」
声だけでもすぐに誰かわかったが、ちゃんと視線で本人を捉えてから名前を呼ぶ。
心配そうな表情はわたしの酷く脆い心にじんときて、一瞬泣きたくなった。
「疲れたか? 楽しそうだったから大丈夫かと思ったけど実は辛かった、とか?」
「ううん……楽しかった。ただ、名残惜しいなとかいろいろ」
大丈夫と取り繕う気分にもなれず、わたしは素直に言葉にする。
もっとみんなと一緒にいたいとか、こんな楽しい時間が永遠だったらいいのにとか……それだけだったなら、まだ大丈夫なはずだった。
「あのね、和泉くん」
ぼんやりと浮かぶ疑問に身を任せ、わたしは改まって声をかける。
「なんだ?」
そんなわたしを見捨てることはなく、和泉くんも隣に並んでくれた。
ここにいてくれることにホッとしながら、わたしは歩き出すこともなく話を続ける。
「恋したって気づいた時って、どういう瞬間だった?」
酷い質問だと思ったけれど、言ってしまったことをなかったことにはできない。
「……なんちゅー恥ずかしいこと聞くんだよ、お前は」
ほんのり頬を赤く染める和泉くんはぎょっとしながら、困ったように頭を掻く。
わたしはわたしであとから恥ずかしさが押し寄せてきて、二人で気まずい気持ちに浸りながら、ほんの少しの無言の時を味わう。
「……言っとくけど、俺の意見を参考にしようとか考えるんじゃねーぞ」
本当に嫌ならごまかせばいいものを、バカ正直に和泉くんは答えてくれた。
「俺は……その、そいつと大ゲンカして、そりゃあくだらねーことをお互いに言い合ってて。その時は何も感じてなかったのに……」
その時のことを思い出したのか、何とも複雑そうな顔をしている。
ふと、和泉くんは恋の話になると知らない表情をたくさん見せるんだな、と気付いた。はたから見ていてそう思えるくらいに、和泉くんは真剣に想っているんだな、なんて思ったりもした。
そんなわたしの考えに気付くこともなく、話はどんどん続いていく。
「そいつ、急に黙ったかと思ったらすっげー泣きそうな顔してんの。さっきまでめちゃくちゃ強気で突っかかってたヤツだぜ? それが涙目で真っ赤な顔しててさ……。勿論戸惑いもあったけど、確かにあの時かわいいって思って……不覚にもドキドキしたっていうか……なんというか……」
すべてを話し終えると、和泉くんは恥ずかしさをごまかすように「あー」とか「うおー」とか意味のない言葉を口にしていった。
わたしはこんな風に誰かの恋の話に触れる機会が少なすぎるから、つられて思わずドキドキしてしまう。
「な……何か言えよ。キモいとか死ねとか」
「うぁ……ごめん。和泉くんの気持ちとか考えてたら、つられてドキドキしちゃって……」
「はあ?」
和泉くんの呆れたような声に苦笑しながら、わたしは自分のことを考えてみる。
恋をした瞬間なんて覚えていない。心当たりはいろいろあっても、和泉くんのように明確じゃない。
最初に恋をしたと思ったのは、多分きっと香澄先輩と一緒に帰った……声をかけてもらった、すべての始まりの日。先輩は本当にたくさんの物をくれて、わたしは本当に幸せで、感謝してもし足りないくらいだ。
そこまで思っていても、何かが違っている。
どうしても恋かどうかを考えると、先輩以外の顔を浮かべてしまうんだ。
それが答えで、それ以外に何もない。
わたしにとんでもない悩みを抱かせたあの人。
いろんな顔を見せ、いろんな言葉と行動でわたしを翻弄させた人――。
「そういうことを聞くってことは、立花にもそういう悩みがあるのか?」
「えっ!?」
楽しそうににやにや笑う和泉くんは、きっとさっきの仕返しをするつもりなんだろう。
「立花にだってそういう経験とかあるんだろ? 言ってみろよ」
逆の立場に立たされ、真っ白に染まりつつある役立たずの頭で考える。
おそらく、ヤマちゃんに話したことをそのまま話せばいい。はずなのに、異性が相手というだけで、こんなにも言いづらい……。
「わたしは……その……」
きょろきょろと視線を泳がせながら慌てる態度は、「そういう経験がある」と答えているようなものだった。
「もしかして、立花の後輩?」
しかも、図星を突かれて更に何も言えなくなる。
落ち着き始めたと思った温度は上昇を再開し、頭の中は動揺と混乱の渦にのまれて冷静さを奪っていく。
和泉くんは逆に余裕を取り戻し始め、どんどんピンチに追いやられているのを実感した。
「立花って結構分かりやすいのな」
「まだ何も言ってない!」
「じゃあ違うのか?」
「……」
からかいの言葉でますます立場が悪くなっていく。
優しいのかいじわるなのか分からない友人に憤りを感じながら、
「和泉くんは……どうせヤマちゃんが好きなくせに」
と、悪あがきのようにぼそりと勝手な推測を吐き出した。
「は、はぁ!?」
するとそれは急所を突き、効果は抜群だったらしい。
一瞬にして取り戻し始めた余裕が消え失せ、にやけ顔は真っ赤な色に染まり百面相になる。
そこでわたしが更に優位に立てればよかったが、あいにく回復が間に合っておらず相討ち状態で小さなバトルは幕を閉じた。
「……帰るか。遅いから送ってやる」
そう言って先に動き出した和泉くんは、わたしの返事も待たずに歩き出す。
一緒に帰れば気まずさが続くというのに、律儀なものだった。
「うん」
わたしもまた、断ればその気まずさから解放されるというのに、断るという選択肢も忘れて素直にうなずき好意に甘える。
空はまだ明るさが若干残っているとはいえ、時間的には夜七時を回っていた。完全に話し込み過ぎた。だけど、今更後悔したところで後の祭り。仕方がないと早々に諦め、わたしは和泉くんの隣を歩く。
「……和泉くんは、仲直りしないの?」
少し歩いた先で、わたしは無言の中ぽつりと尋ねる。
いつも陰で助けてくれているから今度はわたしが、という気持ちがないわけではない。お節介であることも自覚している。迷惑かもしれない。ただでさえ気まずいのに、その空気を悪化させる質問であることも理解している。
それでも尋ねたのは、単純に、和泉くんには幸せになってもらいたかった。
彼がわたしを助けてくれるように。友達と言ってくれたからこそ、自然と想い、出てきた言葉だった。
「……分かってるよ。どうすりゃいいことくらい」
どこか悟ったような声色に、わたしはすぐに反応できない。
「でも、それで三年経ってちゃどうしようもないけどな」
反応に悩んでいるうちに次の言葉が飛び出し、自嘲的な笑みを浮かべる和泉くんを見て、またかける言葉を失った。
和泉くんはきっと、全部分かっている。
どうすればいいのかも、一歩踏み出せなくて足踏みしている弱い自分自身にも。
あとはもう、どちらかが歩み寄るしか道はない。
「立花はさ、頑張ってるよな」
言葉を詰まらせている間に、和泉くんは次の言葉を吐き出していた。しかしその言葉は唐突で、ほんの少しだけドキッとする。
その言葉が今までの流れの中でどこに繋がっているのか、分からなかったからだ。
さらに戸惑いを見せると優しく微笑み、次の言葉をかけてくれる。
「あんなに本の虫で、本を中心に世界が周っていると思ってた立花がさ、友達作りとか恋とかさ。世界終了の前触れかよって思ったりさ」
さらりと失礼なことを言われている……。
「でも、ちゃんと勇気を出して頑張ってるんだよな。だから友達ができて、今日楽しかったんだよな」
一瞬落ち込みかけたわたしを救い上げるような、心をじんわりとあたためてくれるような、そんな言葉だとわたしは思った。
「頑張ってる……かな」
「ああ。頑張ってるよ」
信じられないと訊ねるが、迷いのない返事で前向きさを取り戻す。
確かにわたしは頑張っている。
それは和泉くんだけじゃなくて、ヤマちゃんも、香澄先輩もそう言ってくれた。
その度に嬉しくて、もっと頑張りたいと思ったことは現実だ。
「そういう立花を見ててさ、俺ももっと頑張らねーとなって思ったよ」
だからわたしは、『大したことはしてないよ』と言いたくても、嬉しさが勝って言葉を飲み込んでしまう。
「……ありがとう」
「なんでお前がお礼を言うんだよ」
「嬉しいから」
「……あっそう」
変な会話だ。おかしなやり取りだ。……それでも溢れるのは前向きな気持ちたち。
みんなからたくさんの幸せや勇気をもらうから、また勇気を出して頑張りたいという力に変わる。何でもうまくいきそうな予感に、胸が弾むのだ。
「……今度さ。その……俺に協力してくれよ」
不意に口にした和泉くんの言葉に、思わず目を丸くする。驚きのあまり言葉を見失いかけたが、意外と早く返事をすることができた。
「何をすればいいの?」
自分にできることなんて大してないのに、なんて心の中で毒づきつつも尋ねる。
「……立花に、俺の名前を伏せて山口を呼び出してほしいんだ」
だが、次の言葉は驚きから逃れることができなかった。足が止まり、表情を浮かべることも忘れる。
「いや……その、ほら。立花が連絡先交換してたの……その、見てたから……えーっと」
わたしの態度に焦っているのか、たどたどしいその口調には、普段頼りになる兄貴分という面影は見られない。情けない声色に対して、わたしはどう反応すればいいのだろうか。
だけど次の瞬間、次の言葉が、その戸惑いから解放してくれる。
「ちゃんと、仲直りするから」
声色も態度もいつもと同じ、頼りになる兄貴分。わたしまでドキッとしてしまいそうな、うっかりときめいてしまいそうな表情が、脳裏にしっかりと焼きついた。
ああ、真剣なんだ。
いつまでも逃げ続けていた彼がようやく向き合おうとして、ひとりじゃどうしようもないと気付いて、わらにもすがる思いでわたしを頼ってくれた。
このわたしが、頼られている?
「……その……頑張って」
観念するかのように、わたしは携帯のメール作成画面を開き、宛先にヤマちゃんのアドレスを指定して携帯を差し出す。
それはわたしが承諾した証となり、
「サンキュー」
わたしたちの取引は成立した。
和泉くんは優しく微笑み、慣れた手つきで文面を打ち込んでいく。
「ほい」
ぼんやりと打ち込む様子を見守っていたけれど、あっという間に送信完了画面が表示された携帯を手渡された。
「あ、待って」
しかし、その携帯はすぐに奪われてしまった。
和泉くんの携帯も取り出され、何やら操作しているのが見える。
「今度こそ、ほれ」
「うん」
次に受け取った時には、アドレス帳の画面に切り替わっていた。
「返信着たら連絡もらわねーと、だから」
和泉くんの言葉を聞きながら、新たに登録された連絡先をまじまじと見つめる。
そりゃあ、これから夏休みに入るのだから、連絡先がないと困るだろう。
「あーあ。友達ができて、早速だますようなことしちまったよなー……悪い。何かあったら俺のせいって言えばいいから」
ばつが悪そうにそう言った和泉くんに、わたしは思わず噴き出した。
怪訝な顔で驚く姿を見ながら、笑顔を浮かべてこう言う。
「ううん、わたしも共犯だよ」
もしも嫌だというなら、最初から携帯を差し出したりしない。そのすべての責任を和泉くんに押し付けたりもしない。
助けたいと願い、それが叶うなら……間違いでないと判断する限り、いくらだって手を貸す。共犯にだってなってやる。
「そうかよ」
「そうだよ」
顔を見合わせて笑いながら、お互い気にしない素振りで歩き出した。
歩き出した先、もう少しで家に辿り着く。それはこの不思議な時間の終わりを意味していた。
今日だけで、とんでもなくいろんなことがあった。
わたしには家族と、香澄先輩と榊くんとの時間だけがすべてだったはずなのに……そんな日々が遠い昔のことのように感じる。
「今度何かあったら俺が背中押すから。休み中でも遠慮なく言えよ」
「……うん。ありがとう」
そうして、夏休み前日の長い一日が幕を閉じた。