図書室の住人

19.プレゼントと休憩

「こっちがいいかな……いや、こっちか……」
「これとかどうです?」
「うーん……そのデザインもいいよねぇ……」
 お昼を早々に済ませ、わたしたちは本日の目的を果たそうとしていた。
 結局、突然現れたお兄ちゃんと何を話していたのかも教えてもらえず、お互いが動揺しっぱなしの気まずい状況では先に進めないと考えた結果、さっさとご飯を食べてお互いにプレゼントを探しに行くことに決まったのだ。
 榊くんの方は、既に買う物が決まっていたらしい。
 目的の店に行けば、すぐに買えてしまうようなものを手早く購入している様子を遠くから眺めていた(何を買ったかは教えてもらえなかった)。
 じゃあなんでわざわざ自分が呼び出されたのだろう?
 てっきり一緒に選んだりするものだと思っていたので、何だか拍子抜けというか、ますます疑問は増え続けるばかりだった。また一つの疑問にぶつかるものの、今の問題は別にある。
 そう……他人のことより自分のこと。わたしが買う、お兄ちゃんへのプレゼントのことだ。
 お兄ちゃんは仕事以外だと時々眼鏡をかける。特に目が悪いわけではないので、所謂『オシャレ眼鏡』というやつなのだけど、休日一緒に出かけたりするとよくかけているのを見かけていた。
 ダテくらいならわたしでもプレゼントできるかもしれない。
 年々プレゼントネタが尽きてきた最近のわたしは、プレゼントできそうなものであれば何でも縋り付きたい気持ちでいっぱいになっている。

 そんな眼鏡屋でたくさんの眼鏡のフレームを眺めながら、わたしたちはかれこれ三十分ほど悩み続けていた。三十分の成果といえば、色が決まったことくらい。
 デザインは今でも悩み続けていて、こうして三十分も居座っているわけだ。
 確か持っていた眼鏡は黒・赤・茶・緑の四種類。だから今度は青かな、なんて思っていた。眼鏡といえば、榊くんがダテ眼鏡をかけているということで心強かったのだけど、榊くんが選んでくれるものはどれもこれもデザインが気に入るものばかりで、逆に選べなくなってしまっている。
 しかも、自分のものじゃなくてお兄ちゃんへのプレゼントだ。
 ダテだしそんなに頻繁にかけるものじゃないと知っているから、下手なものを贈ったとしてもそこまで支障は出ないだろう。それに、お兄ちゃんなら何をあげたって喜ぶのをわたしは知っている。十歳の時に初めて作ったとんでもなくまずいクッキーを笑顔で全部食べてくれるほどなのだ(少し残しておいたものを自分で食べたら、あまりのまずさと申し訳なさで泣いた)。
 だけど、できることなら心から喜んでもらえるようなものを贈りたいと思う。

 ……とはいえ、悩みすぎもどうなのかな、と……。
「榊くん、この二種類に絞ったから。これ以上増やすの禁止ね?」
 悩みに悩んだ末、『暗めの青色でフレームが太めの眼鏡』『フレーム(テンプルという部分らしい)(耳にかける部分?)がチェック柄になっているちょっとオシャレな眼鏡』の二種類に絞り込んだ。
 デザインのほか、予算的にもこの二種類が精一杯という理由もある。
「分かりました! じゃあオレ決まるの見守ってます」
 まだふらふらと探し回っていた榊くんはわたしの傍までやってきて、ニコニコと隣に立った。完全に見守る体勢に入り、決まるのを今か今かと待ち構えている。言ってはいけないかもしれないが……その姿はまさしく犬のようだ。
「……榊くんは……どっちの方が好き……かな?」
 期待の眼差しを向けられている中で尋ねるのはちょっぴり躊躇われる。それでも尋ねてしまったのは、やっぱり心のどこかで不安があるからなんだろう。
 こちらはお願いの眼差しで対抗すべく、じっと榊くんを見つめる。
「えっ……オレですか?」
 見つめた瞬間にたじろいた榊くんは、あっさりと睨めっこに負けてくれた。
 ……長期戦を覚悟していたわたしとしてはありがたいけど。
 視線が定まらないまま、最終的には地面に到達する。お願いから期待の眼差しに変更したわたしは、ただただ榊くんの返答を待つばかりだった。
「オレは、先輩が決めた方がいいって思いますよ」
 でも、榊くんの言葉はあっさりとわたしの期待を裏切った。できるならここで一緒に悩んで欲しかったために、ほんの少ししょんぼりしてしまう。
「お兄さんもオレが選んだって知ったらキレそうですし……何より、先輩が選んだ方が絶対に喜ばれるってオレは思うんです。もしオレがお兄さんの立場でも、そう思います」
 結局最後に決めないといけないのは自分だ。それを強く言われたような気がしてはっとする。ここまで一緒に悩んでくれただけで感謝しなきゃいけないはずなのに……どこまでも頼ろうとしてしまっていた。
「そうだよね……うん。二種類に絞れたし、自分で考えてみる。ありがとう榊くん」
 焦りや頼ろうという気持ちから解放され、少しだけ気が楽になっていく。
 そして、二種類の眼鏡をじっと見つめて再び悩み始めた。



 眼鏡屋を後にし、わたしたちは近くにあるカフェで休憩を取っていた。オシャレだけどゆったりくつろげるような心地よい雰囲気のお店で、お昼を過ぎたこの時間は人で混み合っている。
 たまたま席が空いたということですぐに席に案内され、わたしたちはスムーズに居座ることに成功した。
 眼鏡についてはあれから数分ほど悩み、何とかどちらかを選ぶことが出来た。
 ……来年からは、こういう風にデザイン云々で悩むことのないようなものをプレゼントしよう。
 心の中でそんなことを考えながら、先ほど手元にやってきたチョコレートケーキを口に入れる。
「これおいしい……」
 甘すぎず、かといって全く甘くないわけじゃない。濃厚なはずなのに、ふんわりしていて食べやすいと感じた。確実に言えることは、わたし好みのおいしいケーキということだ。
 思わず呟いたことに気がついて、慌てて榊くんを見る。
 榊くんはメロンソーダのフロートを啜りながらこちらを見ていて、目が合って恥ずかしくなった。
「声に出ちゃうくらいおいしいんですね」
 その笑顔は反則だ。
 反論させない雰囲気にたじろぐわたしは、ただ大人しく頷くことしかできない。ちょっと余裕そうに微笑む榊くんに、何だか負けたような気分にさせられたのがちょっとだけ悔しかった。
「榊くん、甘いもの好き?」
 この流れでは唐突過ぎるかもしれない質問を、わたしは躊躇うことなく投げかけた。
「え? オレは好きですけど……」
 不意を突かれた榊くんは驚いた勢いで答え、その答えに思わず笑みがこぼれる。
「じゃあこれ、一口どうぞ」
 フォークで一口分のチョコレートケーキをすくい取り、それをそのまま榊くんへ差し出した。
「えっ……ええ!?」
「おいしいの、榊くんにもおすそ分け」
 何故そこまで驚かれるのかと逆にこっちが驚いてしまいそうだったけれど、見事に動揺してくれた榊くんを見て、さっきの悔しさが消えてくれたことはありがたい。榊くんの余裕は見事に消え去ったようだった。
「い、いや! その、えっと……先輩のフォークが……その……って! オレは何を言って!」
 だけど、予想を反して動揺が大きすぎる感じがして、ちょっとだけ申し訳なさが生まれ始めてきた。
「あ、もしかして潔癖症とか? わたしの口つけたヤツだし……嫌、だよね」
 おいしいものを共有したかった一心だったけれど、よくよく考えたらわたしの食べかけを渡すのだ。気にしない人は気にしないだろうけど、気にする人だっている。
 もしかしたら無神経なことを言ってしまったかもしれないし……そう思うと申し訳ない。
「嫌とか全然ないです! むしろ嬉……じゃなくて! えーっと……別に気にしないのでいただきますっ!」
 確実に気を遣わせたかもしれない。そう思えるほどに焦りを見せた榊くんは、わたしが差し出したケーキに自らぱくついた。
 あれ、これはもしかして世間で言う「あーん」というヤツでは……?
 今更になってそんなことに気がついて、急に顔が熱くなっていく。
「ほんとだ、おいしいですね」
 突然落ち着いておいしいという榊くんに対し、わたしと言えば、恥ずかしさと顔の熱さで頭が混乱していく。
 ……まるで立場が逆転したかのようだ。
「…………わたしが悪かったです、ごめんなさい」
「え?」
「い、いや! 何でもないっ」
 だから躊躇ったのか、榊くん……。
 もっと早くに気付きたかった現実に小さく溜息をつきながら、わたしはもう一度チョコレートケーキを口にする。
「やっぱおいしい」
 食べると熱くなった感情も収まっていくようで、おいしい食べ物の偉大さを身を持って知った……そんな気がした。

 ……これが一種の間接キスであったことに気付くのは、もっともっと先の話である。
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