「俺はずっと、お前のことが好きだった」

 きっと、あの時俺は告白をしたに違いない。
 沖田が留学することになって、すぐに会いに行けないような距離まで離れ離れになってしまう……そんな危機感が俺を襲ったせいだろう。
 ずっともやもやと悩み続け、言わないでおこうと大事にしまいこんでいた想いは、いとも簡単に俺の中から飛び出していった。
 だけど、伝えた言葉はストレートな告白とは違っていたように思う。
 好き、という言葉が言えなかった……それはとてもじゃないけど、真っ直ぐじゃない。まあ単純に言えば、ただのヘタレだった……それだけのことだ。


 好きとはっきり言わなかったことを後悔したのは、沖田が乗っていると思われる飛行機が飛び立つ所を見ていた時のこと。
 沖田と離れ離れになると実感する機会なんていくらでもあったし、実際に実感して寂しい想いをすることなんて何度もあった。
 あったけど……それまではまだ、明日も会える、あと何日……と残された日々に甘えていて、本当に離れ離れになるという実感はなかったのかもしれない。
 容赦なく飛び立っていく飛行機を見つめて、いろんな後悔でいっぱいになった俺は、我慢できずに涙を流していた。とてつもなくカッコ悪くて、情けなかった記憶しかない。
 もっと一緒にいられたらよかったのに。用事で部活のメンバーとの遊びに参加できなかった時も、用事を放り投げてでも遊びに行けばよかった。勉強だって、一緒に頑張ることだってできたはずだ。その間に好きだと伝える事だってできたはずで……。

 結局のところ、全部自業自得。
 ほんの少しの勇気さえも振り絞れないまま、躊躇って躊躇って、まだ大丈夫と自分を甘やかせた結果。
 離れてから気付くなんて、とんでもなくありがちな話だと思う。
 それでも、俺は離れないと気付けない大馬鹿野郎で、毎日沖田を思い出しては悔しい想いをする日々を送っていた。



『田中ってさ、時々元気なくなるよね』
 ネットを利用した通話内で、沖田がぽつりと漏らした言葉に内心ドキッとしていた。
 沖田とは離れてから頻繁に通話をしていて、一時期は毎日繋いでいたこともあった。
 最初は俺から必死になっていたものの、気付けば沖田からも繋げてくれるようになったことを覚えている(あの時は死ぬほど嬉しかった)。
 お互いの近況報告は勿論、楽しいことは一緒に笑いあったり、辛いことは一緒に背負って励ましあったりした。
 俺も沖田も、好きなことのプロになろうと頑張っている。
 そういう気持ちが通じ合うからこそ話が合って、よく通話していたのだと思う。
 ……けど、ついに俺の本音に近いところを突かれた。
「そうか? 普通だと思うけど」
 へらっと笑ってごまかそうと試みるけれど、
『嘘、すぐ分かるよ。だって、一番通話してるの田中だから、ずっと見ててよく分かる』
 ああ、この通話を映像付にしたのが失敗だっただろうか?
 声だけならごまかせても、顔が見える状態だとどうしてもごまかしきれないところがある。
 いや……きっと俺はごまかしていた。ごまかしているはずだ。
 だけど、沖田は些細なところまでお見通し。……だから敵わないんだ。



 俺はずっと沖田に負けっぱなしだった。
 そう……好きになった時点で、俺の負けだ。



『別にいいよ、泣き言でも何でも。何でも言ってごらんなさいよ。いっつも私の泣き言に付き合せてるもんね』
 どう切り替えそうかと悩んでいた矢先、沖田がへらっと気の抜けるような笑顔を浮かべながら、優しい声色でそう言った。
 沖田の笑顔はいつだって眩しくて、最近やっと直視するのも慣れてきたと思っていたのに……ふとした笑顔には敵わなくて、また俺は恥ずかしさで直視できずに悶えるしかない。
 ああ、言いたい。
 言って楽になりたい。
 笑顔を見る度に込み上げてくる想いは、込み上げる度に少しずつ大きくなっていく。
 好きの気持ちは限界を知らないらしく、どこまでもどこまでも大きくなっていく。
 でも、それと同じくらいに不安も成長を止めなかった。
 もしも好きと伝えて、沖田の負担になってしまったらと思うと、振られた後のことを思うと……怖くて何も言えない。
 頻繁に繋いでいた通話もなくなってしまったら、俺は何を糧に頑張ればいいのかも分からない。
 大変複雑な俺の心境は、確実に俺の気持ちを翻弄していた。


「沖田はよく見てるよな、ほんと。いつもお見通しだもんな」
 いつもなら、全部ごまかしてなかったことにしていたことだろう。
 怖くて逃げ続ける臆病者で、ただそれだけだったはず。
 だけど、ふとした瞬間思ったことがあった。
「今日は、逃げるのやめる」
 そう……何だか、逃げることを悔しく思い始めたんだ。
 バドミントンのことを考えると、逃げずに真剣に向き合って頑張っている自分は輝いていると、自分で言うのもなんだけど胸を張ってそう思える。
 なら、それと同じくらい沖田に向き合うことができないだろうか? と考え付いたわけだ。
 怖いことは怖い。不安は不安。
 それは沖田に限らず様々なことで付いてくる仕方のないことで、今更どうこう言うのもおかしな話だ。
 そんな簡単なことにさえ気付けなかった俺は、どこまで馬鹿なんだろう。いや、多分いろんなが入り混じって冷静になれなくて、ただ怯えるだけの生活を送っていただけなのかもしれないが……。


 一度だけ深呼吸をし、不思議そうな顔をしている沖田の顔をじっと見つめる。
 言葉にしていいのか、言葉にするならどんな言葉にしようか。
 見つめている間でも悩みは尽きなかったが、もう逃げ場をなくした俺には前へ進む以外の道はない。
「笑わないで聞いてくれるか?」
 心臓が大きな音を奏でるから、正直自分で何を言ってるのかはよく分かっていない。確実に俺の声を掻き消すほどの大きさのように感じた。
『何? 改まって。勿体ぶらないで早く言いなさいよ』
 冗談めいた様子で急かす沖田に、俺は全ての覚悟を決めて、一つの言葉を声にする。




 それは、ずっと言えなかった好きの気持ち。