ラ ブ コ メ の 目 撃 者

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03.予想通りの頼みごと

 睦月春秋、八月生まれ。
 季節が迷子であるこの男が転入してから数日。
 新入りが来た好奇心で、たくさんの人間に囲まれていた初日からだんだんと落ち着きを見せ始め、春秋の存在が日常と化してきたとある日の昼休み。親友の美咲との昼食を済ませ、お手洗いへ向かった彼女を見送った杏子の元に、その男――春秋が訪ねてきた。
 正直なところ、杏子は大変驚いていた。
「えっと……大橋さん」
「えーっと……何か?」
 名前を憶えられていることもそうだが、美咲が席を外したタイミングで話しかけられたことが想定外だったからだ。
 春秋と杏子には、今のところ特に接点はない。
 転入初日、美咲とぶつかっていたところに居合わせていただけである。
 杏子の認識ではそういうことになっているが、春秋の方はそうでもないらしい。少しそわそわした様子で、杏子をじっと見つめている。
「ちょっと……ここでは話しづらい。少し時間をもらえるか」
 そしてどこか、思わせぶった台詞で杏子を教室から連れ出そうとしていた。
 それもまた予想外の展開で、もうどうしたらいいのか分からない。
「……ちょっとだけなら」
「ほんとか!? すまない、恩に着る」
 不安そうな表情がパーッと明るくなり、春秋は『じゃあ行くぞ』と先導する。杏子は良く分からない状況に流されることしかできず、しぶしぶついていくことしかできない。
 ここでドキドキ展開が待っていたのならよかったのだが、そんな都合のいい展開など存在しないことを、杏子自身が一番よく理解していた。そして、何となく予想がついた未来に、ひっそりとため息をつくのだった。



***


 人通りの少ない中庭の隅っこで、春秋と杏子は向かい合っていた。傍から見れば、『告白現場』と勘違いをされてもおかしくないような状況である。
 しかし残念ながら、そんなうまい話ではなかった。
「君は……その、神園美咲さんの親友である、という話を耳にしてな……」
 悲しいことにその予想は見事に的中し、杏子は大きなため息をつく。本当にどこまでも、自分自身は物語の主人公になれないのだと、悲しみに溺れそうだ。
「おめでとう。美咲との仲を取り持ってくれと頼み込んできた男、記念すべき十人目はあなたでーす」
 棒読みと共に拍手を送り、もう一度ため息。
 杏子が美咲の親友である情報を得るや否や、協力要請を持ちかけてくるのはこれで十回目になる。春秋と美咲のこれまでの展開や、杏子が過去に経験した出来事から察するに、これはもう美咲との仲を取り持ってほしいという展開に違いなかった。
「な! 何故話したいことがバレたんだっ」
 実は分かりやすいタイプの春秋が、杏子の台詞に驚いている。これは杏子の予想が的中した証だった。
「そりゃ、過去にあなた以外の男たちがみんな同じ流れでわたしに話しかけてきたから」
 ひとり動揺する春秋を無視し、杏子はズバッとありのままを話す。
「睦月くんが美咲を気にしているだろうなーってことは、なんとなく分かってたしね」
 王道少女漫画でもよく見かける展開だと思うし。
 心の中で付け足しながら、杏子はびしっと春秋に指をさし、はっきりと思っていることを伝えた。
「取り持ったら、わたしに何かメリットある? 付き合えなくて何故かわたしを恨んできた男とかもいたのよね。使えなくなったらポイってするやつとか? わたしはね、ゲームの便利なキャラじゃないの。情報通でもない。本人に直接連絡先を聞けないような男にはまず無理な相手だから。あの子は超モテるし、でもなかなか付き合ったりしないし、断りまくってるから。わたしのような人間に頼ってどうこうしてもらおうなんて甘っちょろいこと言ってるようなら、その間に他の男に取られちゃうかもね。分かった?」
 過去の出来事で、かなり鬱憤が溜まっていたのだろう。一度話し始めると止まらなくなってしまい、杏子は一瞬『言い過ぎたかもしれない』という後悔の念に駆られる。
 だが、過去に協力をしたことによって、嫌な想いをたくさんしてきたことは事実。すぐに罪悪感を吹き飛ばしてしまう。
 そうやって中途半端に手を差し伸べ、振りまいてきた親切心で傷ついてきたのは、紛れもない杏子自身なのだ(だが、自業自得ともいう)。
「それは……君にすまないことを持ちかけてしまった」
 しかし、春秋は深々と頭を下げた。杏子の想いを察したのか、今までの図々しくどうしようもない男たちとはどこか違う雰囲気を纏っている。
「ひとつだけきちんと言わせてもらいたいが、僕は決して一から十まで全て頼ろうとは思っていない。できることなら、大橋さんとも仲良くできたらと思っている。神園さんと同じ気落ちを抱いているわけではないが、僕はまだ転入して日も浅い。友達になれたらいいなと思っているのだが……あ、君が嫌なら無理にとは言わないが……」
 それから思わぬ方向に話が流れて行った。杏子に対しても仲良くしたいと言い出すとは、思ってもみなかったのだ。
 過去に取り持ってほしいと頼んだ男のうち、今も交流があるのは一人しかいない。利用価値がなくなってしまえば、交流をするメリットがなくなるからなのだろう。
「そ……そんなこと言って……丸め込もうなんて、そうはいかないんだから」
「丸め込もうなんて、そんなことは決して思っていない。本心から君と仲良くしたいと思って提案したんだ」
「うぐ」
 杏子は嫌味たっぷりに反論したが、春秋は引く様子を見せない。どこかで動揺し、ボロを出すかと思っていたこともあり、余裕を見せていた杏子の調子は狂いまくっている。
「もしも君が受け入れられないというのなら、この話はなかったことにしてもらえないだろうか。君が過去に嫌な想いをしていると分かった以上、無理に頼るのはよくないし」
 さらには身を引く発言までされてしまうと、杏子としては何となく忍びない。
 というよりは、本来、もっと早い段階で受け入れるつもりであった。様々なことに巻き込まれ、ひねくれてしまった杏子の本心は、はっきり言うと『素直になるタイミングを逃した……どうしよう……』である。
 あとはもう、春秋の『押してダメなら引いてみる』が上手く実践されており、『そこまで言うなら……』という気持ちの存在もあった。
「……分かった。分かったわよ」
 結局、春秋のお願いに負けてしまった。彼の粘り勝ちのような気もするが、杏子にはとある事情もあり、協力することに対して拒否をするつもりは毛頭なかった。
 嫌な想いをたくさんしてきた割に協力をしてきた理由は、この先、時が来たら話したいと思う。
「おお! ありがとう! よろしく頼む!」
 春秋は喜びの勢いで杏子の両手を握ると、上下にぶんぶんと振り、喜びの最上級を表現する。無遠慮に手を握ってくる春秋に、杏子は一瞬ドキッとしたが、異性に対する免疫がないだけであることを無理やり強調し、ひとつの可能性を手加減なしに潰す。
 杏子は、今までに何度も一喜一憂を繰り返してきた。
 だから、分かっているのだ。

(わたしに、ラブな展開は来ない……)

 ふと近くにある時計台に目を向けると、あっという間にあと五分ほどで予鈴が鳴る時間になっていた。
「そろそろ戻らないと、授業に遅れちゃう」
 春秋の手を払いながら、杏子は歩き出す。
「ああ、そうだな」
 その隣を、何の迷いもなく春秋は歩いていた。
 並んで歩けば、きっと何かしらからかってくる者が現れるだろうし、意中の相手に知られた日にはどうなってしまうのか……。
 杏子は何故か春秋の心配をしてしまうが、春秋自身はまったく気にする素振りを見せない。
「あのさ……わたし、絶対にくっつけてあげる保障とか絶対ないからね。絶対」
「分かっている。大丈夫だ」
「あと、並んで歩いてるとこ見られて誤解されても知らないから」
「? どういうことだ?」
「そこは察しないんだね」
 変なところで鈍いところがあるらしい。不思議そうに首をかしげる春秋に、杏子は思わず苦笑した。
「僕は不思議なんだ。ただ男女が歩いているというだけで、あの二人は付き合っていると思われることが」
 だが、鈍いというのは間違いであるとすぐに思い知る。
「まあ、感じ方は人それぞれだから、それを悪く言うのはよくないとは思うのだが……。とりあえず大橋さんとはクラスメイトで友達だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、今の状況について何かあっても冷静にはっきり否定するし、何とも思わない」
 その意見に、杏子は感心した。実際、あることないこと言われ、妄想され、からかわれるのが日常だ。
 それでも、春秋の芯の通った意見に心が揺さぶられる。
(わたしも、これくらい思えたらいいのになぁ)
 心の中で呟きながら、教室の近くまで辿り着く。
 なんとも、転入生を見直してしまう時間であった。
 春秋と杏子が二人で並んで歩いている姿を、同学年の人間が好奇の目を向けてくるが、春秋の意見を思い出すと何故だが堂々としていられる。
 気の持ちようでこれほどまでに変われるのか。
 今までの杏子なら、何でもない異性と二人で歩くことに抵抗があったが、今は平気で歩くことができる。
 ……なんとも不思議な男だった。

「あれ? 杏子と睦月くん?」
 背後から聞き慣れた声が耳に入り、杏子と春秋は同じタイミングで振り返る。
「もう〜。杏子がいなくなったからどこに行ったかと思ったよ〜。ていうか何? 二人でラブラブ展開だったり?」
 そこには、まさに春秋の想い人である神園美咲の姿があった。すっかり勘違いされている状況で、このパターンに陥ると大抵面倒な出来事が起こる。
 だが、春秋なら冷静に対処して、美咲が抱いた誤解を解くことができるだろう。
 妄想を膨らませて楽しそうな美咲に、とりあえず杏子は否定した。
「違うよ〜」
「違うぞ!? 断じて違うぞ神園さん!!」
 そして杏子の否定の台詞にかぶさるように、春秋の必死な叫び声が響き渡った。先程までの紳士的な彼が幻だったかのように、春秋は必死であった。
「ぼ、僕はまだ友達が少なく、一人でも多くの人間と交友を深めたいと考え、話をさせてもらっていただけで、決して怪しい仲ではないのだ! 誤解しないでいただきたい! 決して恋愛的な展開はないぞ! だから誤解しないでいただきたい!」
 前言、もろもろ撤回したい。
 杏子は、春秋のあまりの必死さにすっかり呆れてしまっていた。
 ちょっとからかうだけのつもりだったのであろう美咲も、どこか引いた様子になり、気まずさだけがこの場に残る。通りすがりの生徒から刺さる視線が痛々しかった。

 そこで空気を読んだ予鈴が鳴り響いた。
 廊下にいた生徒たちが、続々と教室へ入っていく。
「私たちも入ろ?」
 この場から一刻も早く去りたい。その気持ちは三人一緒だったのか、美咲の言葉に杏子と春秋も素直に従い、後を追うように教室の自席へと向かう。

「……もっとしっかりしなさいよね」
 別れ際に杏子はぽつりと春秋にそう忠告した。
「……面目ない」
 先程の必死さを一番反省しているのは本人らしい。春秋は小さく謝罪をすると、そこで二人はようやく別れた。
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Copyright (c) 2017 Ayane Haduki All rights reserved.  (2017.08.13 発行 / 2017.08.05 UP)